Araya Piano Studio          あぐらdeピアノ    「ピアノ教師、保護者そして生徒へのメッセージ − アメリカに学ぶ」  第一章     新谷有功 著

   

第一章

  伝統的なメソッド vs 新しいメソッド

 (Comparison of Piano Methods)
 
 
 
アメリカの二つのメソッド
 
 アメリカには大きく分けて二つの初級用メソッドが存在します。一つは、アメリカの伝統的なメソッドで、もう一つは1970年代に外国から入ってきた新しいメソッドです。
 他のピアノ教師から、「あなたは伝統的なメソッドを使っていますか?それとも新しいもの?」というふうに聞かれることがよくあります。
 伝統的なメソッドは、バスティン、アルフレッド、またはフェイバーに代表されるように、楽譜の読み方や曲の理解を中心としたものです。新しいものというのはそれ以外のもので、読み方よりも演奏を中心としたものです。
 
 
二つのメソッドの起こり
 
 ここでは仮に伝統的なメソッドをAメソッド,外国から入った新しい物をBメソッドと呼びます。
 ではまず、Aメソッドに関してです。
 中央ハ音主義のジョン・トンプソンは、1950年代にかの有名なメソッドを書き、それは世界中に広がりました。その後、全調主義のバスティンが登場します。バスティンは、私も使わせて頂いている、非常に優秀で体系的なメソッドです。 
 現在はバスティンやアルフレッドのような全調主義がアメリカでは主流となっていますので、それらを中心に話を進めて行きたいと思います。
 アメリカの伝統的な教え方に使われるこれらのテキストはすばらしいものなのですが、どんなにそれが優秀なテキストであっても、教師がその使い方を知らなければ意味がありません。
 1970年代になって、いくらレッスンをやっても効果が上がらない、上達に時間がかかり過ぎる、生徒の興味を引かない、落ちこぼれを作ってしまった等、教師自身の力不足を棚に上げてしまった多くのアメリカのピアノ教師達は、外国から入ってきたBメソッドに飛びついたのです。
 Bメソッドは、苦労をしなくても、楽々ピアノが上達する魔法のようなメソッドだったのです。Bメソッドを使い始めた教師達は、自分の使う新しいメソッドを誇り、古くさいAメソッドにしがみついている古風な教師をバカにしたりもしました。
 その新しい潮流に学者達も黙っているわけがありません。1980年代に入ってから、彼らもこのBメソッドに関する論文をどんどん出し始めたのです。 
 
 
AメソードとBメソードの定義づけ
 
 この本では特定のテキストをAとかBと区切るのではなく、むしろアメリカの伝統的な教え方とその教師の姿勢をAメソッド、そしてそれ以外の外国から入ってきた新しいものをBメソッドと定義づけたいと思います。なぜかといいますと、アメリカの伝統的なテキストを使いながらBメソッドのような教え方をすることも技術的には可能だからです。
 
 
Bメソッドに関する資料の翻訳
 
 1980年代のある日、ダラス郊外の私の家に電話がかかってきました。その人は先輩にあたる人でした。フォート・ワースにある大学のピアノ科の教授で、学者でもありました。 
 彼女は、そのBメソッドが発信された国にわざわざ行って、Bメソッドに関する資料をたくさん集めてきました。自分の論文の材料にするためです。ところが彼女は英語しかわからなかったので、その資料を全部英語に翻訳して欲しいと依頼してきたのです。
 ほいほいと誘いに乗り、そこでアルバイトをさせてもらうことになりました。彼女にとっても、ピアノの事を少しは知っている人に翻訳して貰うことができて良かったのではと思います。
 私は「その資料を預けて貰えれば、こちらで翻訳します。」と言ったのですが、彼女は「その資料は持ち出し禁止にしたいので、自分の家に来て、そこで翻訳してくれないか。」と言いました。当然「ほほう、そんなに大切な情報なのだろうか?」と思いました。
 それで、ダラス市内にあった彼女の家に10回ほど通い、その資料を全部英語に翻訳したのです。
 そこで、当時話題になっていたBメソッドに関して、たっぷり勉強させて貰い、自分としても、すばらしい収穫となったのでした。なにせ、これをきっかけに、私のBメソッド批判が始まったわけですから。
 
 
2つのメソッドの比較
 
 1 A曲線とB曲線
 
 まず、図1をご覧下さい。これは目でわかる形の、AメソッドとBメソッドの比較です。
 ピアノを習い始めてから3年ないし5年後、初級が終わる段階で、AメソッドとBメソッドは、演奏のレベルだけを比較したら、同じくらいの上達と考えて宜しいと思います。 
 
 
 
 
 2 Aメソッドはカメ
 
 では、どうしてこのような曲線の違いが出てくるのでしょうか。
 
 Aメソッドの場合、早い時期から楽譜の読み方、数え方、リズム、用語など、基本的な事を徹底的に習い、初級が終わった段階で、日本の音楽大学での入学試験と同等のレベルの楽典をマスターします。つまり小学校を卒業した段階で、あるいは2〜3年遅れたとしても、こういったレベルに達するのです。
 なにせ、そのようなことに時間を費やしているものですから当然、演奏のレベルは、時間の経過ほどは上がりません。
 ウサギとカメに例えたら、Aメソッドは初級の段階でカメのような存在と考えても良いのではないかと思います。 
  
 3 Bメソッドはウサギ
 
 さてウサギであるBメソッドは、古風なAメソッドにこだわっているカメを横目にどんどん演奏のレベルを上げます。
 子ども達は真似が得意です。教師や保護者が横でピアノを弾いてあげ、生徒はそれを真似るわけです。ですから楽譜を読むとか、考えるとか、そんなこと関係ありません。
 コンクールでは、ピアノを上手く弾けさえすれば良いのです。コンクールには楽典のテストなんてありませんから。
 ウサギ:「なんと愚かなAメソッドよ。」
 
 4 みじめなカメ
 
 図1の中央にある「比較」の線を見て頂ければおわかりのように、Aメソッドの小学生をコンクールに出場させた場合、Bメソッドを使っている生徒には、到底かないません。 Aメソッドの生徒はコンクールの課題曲さえ弾けないこともしばしばです。
 では生徒にこんな惨めな思いまでさせて、なぜ私はAメソッドにこだわるのでしょうか。 
 
 5 カメの勝ち
 
 図2をご覧下さい。初級が終わった段階で、Aメソッドと、Bメソッドが、逆転します。 矢印Aと矢印Bの角度の違いにご注目下さい。改めて自分で見ても、ゾッとする程の角度の違いです。いかがでしょうか。
 能の無いピアノ教師は3年も5年もかけて、知らずのうちに、徐々に、徐々に、この角度を広げていたのです。Bメソッドの生徒はその後いったいどうなってしまうのでしょうか。
 
 
 
 6 力尽きたウサギ
 
 新しく教室に入って来る生徒の中で、中級の曲を弾いているにもかかわらず、初級の知識に著しく欠けている場合がよくあります。Bメソッドの典型です。
 生徒を初級に引き戻さなければならないケースも中にはあります。生徒としては辛いところです。
 中級の曲を習い続けながら、足りないところを補うこともあります。しかし、これでは中学生に足し算を教えているようなもので、時間の無駄だけではなく、習っている方も嫌になってしまうのです。
 ウサギは力尽きてしまいました。
  
 
親をレッスンや練習に同席させるか
 
 ここで一寸視点を変えて、「良くある質問」にあるように、親をレッスンや練習に同席させるかどうかを、AメソッドとBメソッドを比較した上で考えてみたいと思います。前述の矢印Aと矢印Bの角度の違いにも関連しますので。
   
 1 Aメソッドの場合
 
  (1) 親のレッスンへの同席は遠慮してもらう
 
 Aメソッドの場合は原則的に、レッスンへの親の同席は禁止です。教師と生徒のコミュニケーションを大切にするからです。
 レッスンは学校の授業のように進められ、教師は「教える人」に徹します。もし、家庭の練習で困ったことがあれば、それを次のレッスンに持ち込み、教師と話し合うのです。
 教師は、生徒が家庭で練習した曲をレッスンで審査する人ではありません。あくまで教える人です。
もう一つ。レッスンの中では、教師は生徒に対して厳しいことを言わなければならないことがあります。子ども達にとっては、そういう場面を親には見られたくないのです。 
 
  (2) 家庭では
 
 家庭では親は一切ピアノを教えなくても良いのです。親はピアノを教える人ではありませんから。ピアノの練習は、生徒自身の責任として位置づけられます。
 この場合、親にも義務があります。それは、子どものピアノの練習を家庭での約束事の一つとし、決められた時間に練習するように厳しく子どもに言い聞かせ、監督するというものです。
 一人で行う練習は孤独なものです。親は子どもが練習する横に座っていてもいいと思います。子どもから質問があったら答えてあげても良いでしょう。しかし質問に答えることは親の義務ではありません。あくまでピアノを教えるのは教師だという考え方だからです。 
 
  (3) 子どもに教えて貰う
 
 もう一つ良いアイデアがあり、意外と役に立った事があります。
 親は完全な無知を装い、子どもの練習している楽譜の一部を指して「これ何?」と子どもに聞いてみることです。そこで子ども達は自信を持って、「こうだよ」、「ああだよ」、というふうに教えてくれます。もし忘れたことがあっても良いではありませんか。教師がいるのですから。
 Aメソッドでは、生徒が目の前に置いている楽譜の隅々まで完全に理解するというのが原則です。「これは、習っていない。」という言い訳ができないような仕組みになっているのです。
 
 2 Bメソッドの場合
 
  (1) 親は同席
 
 一方、Bメソッドの場合、保護者が立ち会わなければレッスンは成り立ちません。 一概にBメソッドといってもいろいろありますから断定的なことは言いたくありませんが、一般的な意味で私はそう受け止めています。
 基本的にBメソッドでは、親がレッスンに同席し、教師は親にピアノを教えます。そして家庭では、親が先生から習ったことを子どもに教えるような形を取ります。
 そして次のレッスンでは教師は審査員となります。もし生徒が上手に弾けなかった場合、親の責任となります。
 子どもにとって、こんなに楽なレッスンは恐らく他には無いでしょう。ただ親の弾いている真似をしてればいいのですから。楽譜が自分の前にあろうがなかろうが関係なしです。 
 
  (2) 猫ふんじゃった
 
 Bメソッドの生徒は一見、曲の全部を暗譜して弾いているかのようですが、もともと楽譜を見ていないので、それを暗譜と呼ぶのはいかがなものでしょうか。それより楽譜を見たら逆にピアノが弾けないというのが、もっと恐ろしいことのように思います。
 Bメソッドの生徒は、「猫ふんじゃった」を習う要領で、なにも考えずにモーツァルトを弾いてしまうのです。もし、Aメソッドの生徒だったら、「猫ふんじゃったの調は嬰ヘ長調だろうか、それとも変ト長調だろうか」と考えるでしょう。 Bメソッドではそんなことを考える余地さえ与えて貰えないのです。
 
  (3) モーツァルト
 
 モーツァルトが作曲を始めた、5〜6歳の頃、彼は楽譜が読めませんでした。そこで、お父さんのレオポルド・モーツァルトは横に座り、息子の演奏を譜面に書いてあげました。 天才も幼少の頃は楽譜が読めませんでした。
 しかしそのモーツァルトが、もしBメソッドでピアノを習い、いつまでたっても楽譜が読めなかったら、どうなっていたでしょうか。現在の西洋音楽史の内容が随分違ったものになっていたことでしょう。ベートーヴェンもチェルニーも、そしてリストも恐らく存在してはいなかったでしょう。
 
 
AメソッドとBメソッドの比較の結果
 
 1 Aメソッド
 
 Aメソッドの生徒は、初級が終わった段階で、すでに楽譜が読める状態になっているわけですから、新しい曲を自分でどんどん開拓することが出来ます。わかるから楽しいのです。
 実は教師にとってAメソッドは忍耐の要るものなのです。教えることが非常にたくさんあるからです。また、生徒がレベル1からレベル2に行けないと判断したときは行かせません。厳しいのです。このままレッスンを続ければ生徒が行き詰まると思ったときは、どんどんその方向転換を図ります。
 初級を終えるまでには、数年かかります。しかし、その中でAメソッドを使っている生徒はゆっくりと確実に力を伸ばして行くわけです。
 一方、この生徒達が中級に入ったときから教師の仕事はぐんと楽になります。例えば、「来週までモーツァルトのソナタを3ページ練習しておいて下さい」と言ったら、問題なく、しかも親や先生の力を借りずに、自分だけで練習できるのです。
 知人で優秀なピアノ教師はこう言いました。「初級のうちは、ロケットが発射する段階と同じで、強力なエンジンと、たくさんの燃料を使う。しかも途中で一寸でも気を抜けば落ちてしまう。しかし大気圏外に脱出し無重力状態になれば、そこは宇宙、つまり中級だ。」と。
 
 2 Bメソッド
 
 いつまで経っても、先生や親がいないと練習のできないBメソッドの生徒は、図2のように、数年後には行き詰まってしまいます。
 Bメソッドを使っている娘を持つ、ある親からこんな話を聞きました。「うちの娘は初めのうちは楽しんでピアノをやっていたんだけど、最近はダメ。母親の私がソナチネを弾けないものだから、娘も弾けないの。」
 
 
Bメソッドの生徒を救え
 
 1 ウサギを救え
 
 カメがそこに見つけたのは、さっき自分を横目でバカにして追い越していったウサギでした。ウサギは道ばたで倒れていたのです。カメはそのウサギを自分の背中に乗せてトボトボ歩き、ウサギと一緒にゴールしたのでした。
 AメソッドにはBメソッドで挫折した生徒を救うパワーさえあります。場合によっては荒療治が必要ですが、可能です。 
 
 2 ダラスのケース
 
 ダラスに7年生(日本では中学1年生)の女の子がいました。アメリカ人です。この生徒はBメソッドに頼り切ったまま7年生になってしまいましたが、そこで行き詰まってしまいました。
 ある日、そのお父さんが私の所にメールを送ってきたのです。「何とか助けてくれ。」という内容だったと記憶しています。
 私は早速訪問し、Aメソッドに照らし合わせた形で、まずその生徒の評価を出しました。 評価の出し方は別記しますが、その時の彼女の状態は、図3のようなものでした。
 すでに、Aメソッドの方角と、彼女の上達の方角に、明らかな差が出来てしまっている状態だったのです。ロケットに例えたら、すでに方向を間違えてしまい、機体が横になってしまったような感じです。このままでは落ちてしまいます。
 彼女の演奏のレベルはそこそこだったのですが、基本的な初級の知識に欠けていたものですから、このまま続けたら悲しい結果になるであろうということは容易に予想できました。
 このような状態になってしまっては、この時点からいきなりAメソッドへの方向転換は、まず不可能だと考えました。角度が違いすぎるのです。 
 
 
 
3 レッスンプラン
 
 両親をそこで待たせ、私は頭を抱えながら彼女のレッスンのプランを紙に書き、説明をはじめました。図4です。
その時は、フリーハンドの鉛筆書きでしたが、この図を使って、かなりの荒療治的なプランを見せました。
 Aメソッドのカーブを再生させるために、思い切って生徒のレベルを落とし、そこからやり直すというものです。Aメソッドの標準より時間はかかるものの、この方法でやれば、矢印は必ず上に向くと確信したからです。
 両親は納得し、さあ、来週からレッスン開始ということになりました。
 早い話、レベルを下げて基本をやり直すという作業がそこに始まりました。
 ここで注意したいのは、それまで使っていたテキストを全部あきらめ、全て新しいものに切り替えるという工程です。気分のリフレッシュということもありますが、もっと重要なのは、生徒にとって同じ本を逆戻りするなんて言うことは、どうしても避けたいことだからなのです。
 
 
 4 荒療治
 
 なにせ荒療治でしたから生徒の拒絶反応はひどいものでした。それは、「私はパッヘルベルのカノンを暗譜で弾けるのに、なんでこんな子供じみた曲をやらなきゃならないの?」という不満です。しかも、私がレッスンの中で彼女に指示したことは、以前の教師のそれとは全くといって良いほど違っていましたので、生徒は混乱してしまったのですね。
 しかし、そこはアメリカ流の良いところ。プロの教師は冷静に、きちんと、細かく、生徒の納得の行くように説明します。両親も一緒に説得してくれたということもあり、その生徒は不平を漏らしながらも何とかレッスンを続けてくれました。
 
 5 作戦成功
 
 そんなレッスンを半年くらい続けた辺りから、上達の矢印の方向がめきめきと上に向き始めました。
 その家庭は社交的でした。ですから彼女は、友達やお客さん、あるいは親戚の前でピアノを弾くチャンスが多かったのです。
 そこで彼女は以前より易しい曲を弾いたにもかかわらず、演奏を聴いた全ての人から「前よりずっと上手になったね」と褒められたのでした。
 彼女にとってはそれが随分不思議でした。子供じみた曲を弾くよりカノンを弾いた方がずっと格好いいと思っていたからです。
 皆から褒められて、うれしくないわけがありません。そのお陰もあって、その後のレッスンは、かなりスムーズに進みました。私は彼女の乗ったロケットがやっと軌道に乗ったという印象を受けました。
 
 6 大気圏外へ
 
 その最終的な結果を見ずに私はアメリカを離れてしまいましたが、彼女の上達の矢印が上向きになったという事を見届けてから帰国しましたので、今はそれほど心配はしていません。 
 その生徒は現在、私の友人で優秀なピアノ教師のもとでレッスンを続けています。それはAメソッドであることは言うまでもありません。
 その両親は今でもたまに感謝の気持ちをアメリカからメールで送ってきます。私としてもうれしいことです。 
 
 7 まとめ
 
 このような荒療治は稀ですが、そのようなチャンスにさえ恵まれずにピアノを諦めてしまった人や、ピアノが嫌いになってしまった人を数多く見てきました。
 保護者の皆様には、自分の子どもが正しくピアノレッスンを受けているかどうか、たまに確認していただきたいのです。
 やり方は簡単です。子どもの目の前に置いてある楽譜のどこかを指さし、それが何なのか聞いてみれば良いのです。たいていの質問に答えられたら大丈夫でしょう。なかなか答えられなかったら教師が責められるべきでしょう。ぜひ今日やってみてはいかがでしょうか。
 
 ひとつ注意したいことがあります。アメリカの伝統的なテキストを使いながら、Bメソッドの要領でピアノを教えて失敗した教師を多く見てきました。これはテキストの使い方を誤ったケースと言えるでしょう。アメリカ伝統のテキストを使ったからといってレッスンが必ずしも成功するというものではありません。教師がAメソッドを深く理解し、そのテキストを正しく使わなければなりません。
 
 
A曲線とB曲線を発見した経緯とそのパワー
 
 ここに出てきたA曲線とB曲線は実は私のオリジナルなのです。これは私がロシアからアメリカに戻った翌年、1995年頃にできあがった曲線です。これが出来上がるまでには数々のデータの処理とその追跡調査が必要でしたので、合計で約10年かかりました。 そして出来上がった曲線を仮説とし、その検証をその後5年程行い、これで間違いないと確信したのが2000年頃のことでした。
 
 1 疑問
 
 1980年代半ば、アメリカの大学に通いながら、そこで学んだアメリカの伝統的なピアノ教育法に基づいてピアノを教えていました。
 そこで、どんな教師でも持つであろうと思われる疑問の数々が出て来たのです。それは主に生徒の実態に関するものでした。
 
(1) 楽譜が読めないのにどうしてこんなにピアノが弾けるのだろうか?この子どもは天才か? 
(2) そんな天才的な生徒が中級に入った途端バタバタと崩れるのはどうしてなのだろうか?
(3) 私の教室では、初級の生徒がどうしてコンクールで勝てないのだろう? 
(4) 初級の時にコンクールではさっぱり賞を取れなかった生徒が、中級になったらどうして毎回賞を取ってくるようになったのだろうか。
(5) 3年間もピアノを習っていて楽譜が読めないというのはいったいどういうこ となのだろうか? 先生が悪いのか、生徒が悪いのか、メソッドが悪いのか。
 
 全米音楽教師協会のメンバーだったということもあり、教師間のつながりは結構ありました。そこでいろいろな教師にこの疑問を呈してみましたが、なかなか納得の行く答えは見いだせませんでした。先生方の答えは「あの生徒は優秀だから。」とか「さっぱり練習しないから。」というものばかりだったのです。一方うちの教室に来た転入生にも聞いてみたら「前の先生がダメだった。」と、こうなのです。大学の図書館で数々の文献を調べてみましたが、自分の疑問に答えてくれるものは見つかりませんでした。
 
 2 グラフの失敗
  
 それでは自分でやるしかないと思い、紙を出してグラフを描きました。横線はレッスンの年数、縦線はレベルです。そのグラフに、自分の生徒、よその生徒、すべて自分の知っている限りの生徒をその座標に置いてみました。(図5)
 例えば、ある生徒はピアノを初めて3年そしてレベルは4という具合です。
 グラフの上にたくさんの点が置かれました。しかし、そこには点が散在するだけで、何の規則性も見いだせませんでした。あまりにもいろいろな生徒がいましたので、グラフを作っても、その上には不規則に点がたくさんあっただけで結局何の結果も出すことも出来ず、失敗に終わりました。
 
 
 
 3 点の種類と方向性
 
 1980年代の後半から教え始めた障がい者を含め、全ての生徒のデータもこのグラフに加えることにしました。例外を作りたくなかったのです。
 何度もグラフを描き替えましたが、そんなことをしているうちに、1990年代に入ってからその点の方向性が見え始めてきたのでした。グラフの一点だけで判断することには無理があったのです。
 さらに、Aメソッドの生徒と他のメソッドを色分けしてみますと、規則性のようなものがグラフの上から見え始めました。(図6)
 中級に入る辺り、またはレッスンを始めてから3〜5年経った辺りから、AメソッドとBメソッドが明らかに逆転しているのがわかります。
 
 
 
4 初級が終わる時期に於いてのグラフの調整
 
 やはり図6に関してですが、初級から中級に入る時期は人によって随分違います。統計的に見てみますと、アメリカの伝統的なメソッドの場合、早くて3年、遅くても大体5年という結果が出ました。
 ピアノを始めた年齢が低い程、初級を終えるまでに多くの年月がかかります。一方比較的遅く始めた生徒は早く初級が終わります。これは恐らく理論中心であるアメリカ伝統のメソッドの特色ではないかと思います。1年生でピアノを始めても、3年生でピアノを始めても、6年生が終わった段階ではだいたい同じレベルに達するという具合です。もちろんこれは統計的な標準的上達ですから例外は多数あります。
 一般的な目標としては、6年生が終わるまでに初級を終わらせたいというのがアメリカ伝統のメソッドです。ですから強引だとは思いましたが、試しにこの3年目と5年目の目盛りを引き寄せ、それを同じ線としてみました。
 
 5 グラフの完成
 
 1991年には1ヶ月ほどかけて旧東ドイツを含むヨーロッパ各地の音楽学校を訪れ、先生方や学生と多数お話をする機会に恵まれました。1994年に半年間ロシアに留学した時、その目的はピアノ教育ではありませんでしたが、そこで数々のピアノの発表会に出かけたり、初級のピアノ教育の実態を見ることができました。
 ヨーロッパやロシアで集めた情報も参考にまたグラフを見直し、1995年頃にグラフが完成しました。(図7)
 約10年かかって、やっとA曲線とB曲線が誕生したのでした。
 
 
 6 検証作業
 
 しかし、グラフの完成はあくまで仮説でしたので、その年あたりから検証作業が始まりました。「もし、だめならまたやればいいさ」ぐらいの気持ちでやってみました。
 次のような事柄に関して検証作業にあたりました。
 
(1) 落ちこぼれをなくすことができるか。
(2) Bメソッドの生徒を救うことができるか。
(3) 何回の挫折に耐えることが出来るか。
(4) 演奏のレベルと読譜のレベルの全然違う生徒にも使えるだろうか。
(5) 障がい者に通用するだろうか。
(6) 全てのレベルの大人の生徒にも使えるだろうか。
(7) 初級のコンクールで賞を取ることができなかった生徒にも納得してもらえる だろうか。
(8) すべての国籍の生徒のために使えるだろうか。
(9) 的確なレッスンプランを立てることが出来るだろうか。
(10) 失敗のないテキスト選びが出来るだろうか。
 
 もっと項目があったような気がしますが、とにかくこの作業にはとても大きな興味と意欲を持って望みました。なにせ10年もかけて自分で発見した曲線が使えるか使えないかを試す時期だったからです。
 
 7 完成
 
 2000年頃には、全ての検証作業を終え、A曲線とB曲線は完璧に機能すると確信するに至りました。多数あったテスト項目に全てパスしたのです。 
 自分の生徒に対しても、他の生徒に対しても、全ての人をこの座標のどこかに置けば、短期、長期のどちらのレッスン計画も目で見るように可能となり、それによって、自動的に必要なテキストを算出できるようになったのです。
 例外はありません。大人、子ども、障がい者、あらゆるレベル、日本人、中国人、アメリカ人、仏教徒、キリスト教徒、イスラム教徒、とにかく全ての人に対応できる曲線であると確信しています。
 気をつけたいところは、これがあったからといって、全てのレッスンが成功するわけではありません。この曲線はあくまで生徒を正しく評価したり、レッスン計画を作成したり、あるいはテキストを選んだりする時の物差しだと思って頂くのが妥当だと思います。

  Araya Piano Studio          あぐらdeピアノ 「ピアノ教師、保護者そして生徒へのメッセージ − アメリカに学ぶ」  第一章   新谷有功 著

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