Araya Piano Studio

あらやピアノスタジオ

ピアノ教室

世界に通じるピアノ教育と演奏技術の「正統派」 

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あぐらdeピアノ「ピアノ教師、保護者そして生徒へのメッセージ − アメリカに学ぶ」  新谷有功 著

 

 

第八章

  

発表会を成功させるために

 (For a Successful Studio Concert)

 

 

 発表会のスタイルは国や地域あるいは文化によって違いますが、ここでは発表会を成功させるためには、ということでいろいろ考えてみます。

 

 

発表会を有意義にしたい

 

 私自身、今でもステージに上がる時はまるで死刑台に上がるような気分です。怖いのです。それと同じ事を自分の生徒にやらせるとは全くひどい教師だと思います。

 

 しかし、発表会の準備を通して生徒は、暗譜の不安との戦い、より優れた演奏技術への挑戦、より高い集中力への追求など、様々な大切な事を学びます。

 

 一つの曲を徹底的に勉強し、毎日毎日練習し、怖いステージの上に一人で立ち、ドキドキしながらも生徒達は一生懸命演奏します。そして演奏の後、彼らは先生、家族、親戚、あるいは友人からたくさん褒めて貰い、この上ない満足感や達成感を味わうのです。

 

 その経験がピアノ以外のいろいろな面においても自信につながることは言うまでもありません。このような大切な機会を無駄にしないためにも、ぜひ発表会を成功させたいものです。

 

 

面白いと思う発表会

 

 日本ではもちろん、22年間日本から離れていた間にも、アメリカ、ヨーロッパ各地、そしてロシアで数多くのピアノの発表会を見てきました。

 

 実は、こう書けば意外に思われるかも知れませんが、ほとんどの発表会は、さっぱりおもしろくないものでした。生徒は下手で、お客はあくびをしていると言うのが、残念ながら普通といったところでした。

 

 しかし希に、生徒一人一人がそれぞれの曲を自信ありげにきちんと演奏し、暖かい拍手を貰い、聴衆も楽しんでいる様子のうかがえる発表会もありました。珍しくそういう発表会に出会ったときは素直に面白いと思うのでした。

 

 そこで得た私なりの感想は、発表会を成功させるには、演奏のレベルを上げるのが最重要ではないか、ということでした。お客が面白いと感じる発表会の中に存在するのは、美しいドレスでもなく、ご祝儀でもなく、お花でもなく、立派なプログラムでもなく、上手な演奏そのものだということです。

 

 

上手な演奏

 

 誤解を招かないために書きますが、上手な演奏とは、生徒のレベル以上のむずかしい曲を無理に弾かせるという事では全くありません。「エリーゼのために」や「楽しき農夫」を上手に弾く方が、ショパンを下手に弾くよりよっぽど良いということです。

 

 自分の子どもに無理なショパンを弾かせたい、という勝手な親がいて困る場合があります。そういう時はよく話し合い、何とか妥協点を見いだすべきだと思います。

 

 親の立場としては、やれ同級生の〇〇ちゃんがショパンを弾くのでうちの娘にも弾かせたい。といったところなのです。水泳に例えば3mしか泳げない生徒に、いきなり10m泳げといっているような無茶なケースです。

 

 「あなたの娘の下手なショパンを聴くと吐き気がします。」と実際思っても、口には出しません。そういう場合、例えば「お嬢さんはとてもピアノがお上手ですが、準備期間の都合上ショパンを弾くのは次の発表会にしたらいかがでしょうか。」とか「こんなに上手に弾けている曲があって、しかもたくさん練習を積んできたのに今回の発表会に弾かないのはもったいない。ショパンなんていつでも弾けるのだから、お嬢さんには少し待っていただきたい。」とか、妥協や話し合いの方法はいくらでもあると思います。

 

 装丁の立派なプログラムにベートーベン、ショパン、リストなどの曲がズラッと並んでいたら確かに格好は良いものです。しかし、そういった発表会で生徒が皆上手にピアノを弾いているかといえば必ずしもそうではありません。

 

 私が出席した発表会の多くは、このように大人のエゴが優先し、子どもの存在そのものを無視しているかのように思えるものでした。

 

 生徒達の殆どは自分たちが上手に弾いているか下手に弾いているか、生徒自身わかっています。また、自分の親や先生をがっかりさせたくないと、子どもなりに思っています。

 

 私は自分の生徒には過度のプレッシャーを与えたくありません。むしろ、身の丈の、与えられた範囲内で全力投球し、それなりの結果を出すというトレーニングを行った方が、ピアノに限らず、他の面に於いても生徒の自信につながると思います。

 

 

発表会の場所の確保

 

 発表会の場所は、その3ヶ月前までに確保できれば、後の準備に支障はないと思います。場所と時間が決まればチラシを作り、生徒や関係各所に配ります。  

​   「2023年追記:  首都圏に於いては場所取りの競争率が高いので、半年前でさえ場所の確保が難しい状態です。 早いようですが1年前には発表会場を確保するようプランしてみてはいかがでしょうか。」

 

 若い頃は音楽関係の人脈が乏しかったということもあり、発表会の場所探しには苦労しました。場所探しイコールピアノ探しということで、発表会にふさわしいピアノを探すのも結構大変な仕事でした。

 

 どこのピアノもなんだか変でした。例えば、ダラスのダウンタウン近くの図書館内の演奏会場で発表会をやったときなどは、生徒がシューマンの曲を弾いている最中に鍵盤が戻らなくなり、お客の手を借りて予備のピアノを引っ張ってきたこともありました。

 

 あと教会なんかも良いといわれましたが、教会のメンバーでないという理由でとんでもない高い料金をふっかけられたこともあります。もちろん無料で場所を貸してくれるという教会もありましたがピアノの管理が悪くて使い物にならなかった、という具合です。

 

 

発表会のチラシの内容

 

 1 チラシの内容

 

 チラシは宣伝用というより、出場者と保護者へのガイドラインという意味で作るべきだと思います。私が使っていた物を解説をつけてご紹介しましょう。

 

(1) 一般的な、「いつ、どこで、何の発表会が」といった事柄。「教師の演奏も 有る。」と加えました。

 

(2) 資格: 私の生徒であること、そして暗譜でソロのピアノ演奏が出来ること。

 

(3) 申し込み: 「教師が個々にやります。」と、いちおう書きました。

 

(4) 申し込みの締め切り: 発表会の一ヶ月前

 

(5) レパートリー: 最低一曲はクラシック音楽を弾く。その他はジャズでもゲ ーム音楽でも演歌でも何でもいい。

 

(6) 出演料: 私の教室は$0でしたが、地域によっては無理があると思います。

 

(7) 服装: 原則としてカジュアル、しかし服は洗濯をして、お客様に失礼の無 いようにしましょう。

 

(8) 発表会の場所の詳細: 所在地と電話番号

 

 2 服装 

 

 前項で問題になるのがどうしても服装に関してでしょう。これは解説の必要があると思います。

 

 全米音楽教師協会には細かいルールがあって、その中に「発表会での生徒の服装」という欄があります。そこに「生徒はきちんとドレスアップしなければならない。」と書いてあるのです。「女の子はドレス、男の子はまっすぐの長ズボン、運動靴はダメ。」とかいうものだったと記憶しています。

 

 それはわかっていたのですが、私はそのルールを完全に無視し発表会をカジュアルのスタイルでやり通しました。年に二回の発表会のために、保護者には成長する子どものためにわざわざ新しい服を買って貰いたくはなかったのです。ですから「必要なとき以外は発表会のための新しい服を買わないで下さい。」とお願いしてきました。

 

 保護者に対しては、デパートであれこれ洋服選びをしている時間があったら、30分でも多く自宅で子どもの練習の監督をして貰いたかった、ということもあります。

 

 しかしそこは発表会、保護者としては悩むところです。ですから、私にとって一番手っ取り早いアドバイスとしては、「教会に出かける格好であれば完璧です。」ということでした。毎週出かける教会のために、いちいち新しいドレスを買いに行くとは思えませんから。もちろん教会に行く人ばかりではありませんので、他の人たちにもそれなりのアドバイスをしたつもりです。

 

 いざ発表会では、中には立派な格好をしてくる生徒もいましたが、たいていは普段着よりも少し良い感じの服装でした。ジーンズや運動靴も多数ありました。私はそれで良かったと思っています。

 

 3 全米音楽教師協会の目

 

 しかし、そこで気になるのが全米音楽教師協会の目。

 

 生徒達は多分気づいていなかったと思いますが、ほぼ毎回よその教室の教師が見に来ていました。

 

 私のクラスの発表会は確かに上辺は大変お粗末でした。花は無い、ドレスも無い、プログラムは手作り、Tシャツや運動靴の生徒、腕時計やブレスレットを外し忘れた生徒、イヤリングがジャラジャラとか。

 

 しかしながら、私のクラスの発表会は、自分で言うのも変ですが、地域では圧倒的なレベルの高さを誇り、それは他のどの教室も比較になるものではなかったのです。その証拠はDVDに納められています。

 

 そしてその結果、全米音楽教師協会からのクレームは一切無かったどころか、熱心なピアノ教師達が私の所に連絡し、ピアノの教え方を習いに来ていました。

 

 

曲目を決める時期

 

 プログラムを作る都合上、発表会の一ヶ月前までには曲目が出そろうようにしたいものです。生徒にとっては暗譜という作業がありますので。

 

 

曲目を決める時、新しい曲は弾かせない

 

 1 新しい曲は選ばない

 

 発表会の曲目は原則としてレッスンでパスしている曲の中から、発表会にふさわしい曲を、出来るだけ生徒に選ばせます。生徒の好みの曲は結構上手に弾いてくれるものです。

 

 生徒が決め兼ねるときは時間を与えても良いですし、教師がいくつかピックアップしてその中から選んで貰っても良いでしょう。

 

 それでも決められなければ最終手段として教師が選びます。

 

 「また同じ曲を弾くのか。」とブツブツ言う生徒もいますが、普通、パスしている曲をやらせた方が、新しい曲を始めるより良い結果が出せます。技術的にも音楽的にもです。 普段のレッスンで学習するレベルと、発表会で演奏する期待度は随分違うものです。過去に習った曲をもう一度練習させ、掘り下げたレッスンを行い、演奏のレベルまで持って行かれるよう手助けすることをお勧めします。

 

 2 曲を体に染み込ませる

 

 演奏のための準備をする段階で、音楽を体の中に深く染み込ませるという作業があります。

 

 単に曲を暗譜し、それを機械的に鍵盤の上に置いていくだけのものであればそれほど時間のかかる事ではありません。しかし音楽が体の中に浸透していなければ、発表会でたとえ音を一つも間違えずに完璧な技術で弾いたとしても、薄っぺらな演奏になってしまいます。聴衆の耳ではなく、心に届く演奏をするためには、演奏者はその心からエネルギーを発信しなければなりません。体の中に音楽の意味が染み込むまでにはある程度の時間がかかると思います。この点に於いても発表会では生徒に新しい曲を練習させるより、復習させるさせることの方が有意義だと言っても良いのではないでしょうか。

 

 

曲の成就には妥協しない

 

 どの国の発表会を訪れても曲目の一番の人気はベートーヴェンの「エリーゼのために」なのですね。これは面白い現象だと思っています。さすがベートーヴェン様だと思います。 しかし、そのベートーヴェン様に対して申し訳ないと思う事があります。あちこちの発表会で聴く数々の「エリーゼのために」の中で、上手だと思った演奏の数は残念ながら限りなくゼロに近かったのです。

 

 発表会の曲に限らず、どの曲を教えるときでも私は徹底的に教えます。

 

 例えば「エリーゼのために」の場合ですと、まずベートーヴェンという人物像の解説からはじまり、彼が他にどんな曲を書いたか、時代背景はどうであったか、同じ時代にどういう作曲家がいたか、その作曲家同士がどう影響し合ったか、当時のピアノは今のピアノと比べてどう違っていたのかといった具合に一緒に勉強します。

 

 そしてプロの演奏家のCDを最低3人分聴かせます。1人の演奏を聴くだけでは誤解を招きかねませんので。そして実際に教師自身も演奏して聴かせます。

 

 時間に余裕があれば18世紀のハイドンやモーツァルトのピアノ曲あるいは交響曲のCDを聴かせることもあります。

 

 楽譜に書かれている音符に関しては一音残らず観察し、「ここはこう弾くべきだ。」「なぜ?」という具合にディスカッションをします。曲の調、転調の部分、形式、バランス、メロディー、和音の進行、カデンツとフレーズの関係とか、丹念に検証して生徒と一緒に「エリーゼのために」を作り上げていくわけです。

 

 初級の場合でもやはり発表会での演奏の期待度は高いわけですから、どんなに易しい曲であっても、あるいは、どんな超初心者であっても、テンポ、リズム、テクニック、暗譜等、基本的なことを細かくきちんと教えるように心がけるべきだと思います。

 

 

ステージマナーを教える

 

 発表会に2〜3度出ていれば生徒達はステージマナーの大体の要領は覚えます。しかし私はあえて発表会前は必ずステージマナーの復習を生徒にさせてきました。これは良い習慣だったと思っています。毎回やっていることでも忘れることがありますから。

 

 初めて発表会に出場する生徒に対しては時間を多めにとって細かく教え、それを毎回のレッスンの中で何度も繰り返させるということをやってきました。

 

 

アメリカ式ステージマナー

 

 お辞儀の習慣のないアメリカでもステージの上ではきちんとお辞儀をしなければなりません。ここでは、アメリカでどのようにステージマナーを習うのかをご紹介します。

 

 1 ステージの歩き方: 姿勢良く歩くため、かかとから床に着き、大股で元気よく歩く。前を見て歩く。下を見てはいけない。手は普通に振る。

 

 2 ここでお辞儀はしない。(アメリカの発表会では演奏前にはお辞儀をしません。 プロのコンサートでは演奏前もお辞儀をしますが。)

 

 3 椅子に腰掛ける。必要なら後ろに回って椅子の高さを調節する。座ったまま椅子の横のノブを回すのは格好悪いので、一度立って、後ろに回ってからノブを回す。(アメリカでは椅子の左右にノブのついた、アーティストベンチを使います。日本のような、背もたれのついた昇降型椅子は殆ど使われません。)

 

 4 ペダルが自分のすぐ前にあることを確認する。

 

 5 真ん中の「ド」(中央ハ)を探し、それを基準に鍵盤上の所定の位置に両手を置く。

 

 6 一呼吸置く。弾き始める前に最初のフレーズを頭の中で歌ってみると効果的。

 

 7 準備が出来たら演奏開始。 

 

 8 演奏中: 演奏を間違えても顔の表情は変えない。間違えても間違えていないようなふりをする。頭をかいたり、舌を出したり、ニヤニヤしない。自信が無くても自信ありげな顔をする。

 

 9 お辞儀の要領: 

 

(1) 演奏が終わったらすぐ立ち、お客に向かって姿勢良く立つ。この時:

 

a 足を閉じる

b 手は真下

c お客の方に顔を向ける。

 

(2) ゆっくりと頭を下げ、自分のつま先を見る。お客の方を見ながらお辞儀をしてはいけない。この時、手の位置を変えない。手が足に沿ってズルッと下がる とズボンを脱ぐような仕草になるので格好悪い。

 

(3) ゆっくりと頭を上げ、必ずまたお客の方をまっすぐ見る。

 

(4) 余裕があればお客にスマイルする。

 

(5) 1の要領で引き上げる。演奏が失敗したと思ったときでも堂々と自信ありげに歩く。

 

 これらはアメリカの習慣ですから参考にならないかも知れませんが、日本のステージマナーとの面白い比較が出来たのではないでしょうか。

 

 

ステージマナーの悪い例

 

 悪い例を生徒に紹介することも面白いレッスン方法だと思います。私はわざと、悪い例を実演して生徒に見せました。

 では、悪い例:

 

 1 小股で歩く

 2 すり足で歩く

 3 下を向いて歩く

 4 歩くテンポが鈍い

 5 お辞儀をする前から下を向いたまま

 6 お客の顔を見ながらお辞儀をする

 7 お辞儀が深すぎる

 8 お辞儀をするときに股が開く

 9 お辞儀をするときに手がズルッと下がる

10 お辞儀と同時に下を向いたまま体を回転させ退場する

 

 実例1: 自分の生徒ではなかったのが幸いですが、ダラス近郊のある発表会で5年生くらいの男の子が演奏後、お客の方を向いたところまでは良いのですが、なんと大股を開き、お客の方を見たままお辞儀をしてしまいました。これはかなり滑稽でした。

 

 実例2: 信じられないような話ですが、やはりダラス市内で、3年生くらいの男の子がステージの上で歩いているとき、あまりの緊張のせいで手の動きと足の動きが一緒になってしまいました。この姿はまるでロボットのようでした。 これを見て以来、自分の生徒には歩く練習をさせています。普段歩くときはどのように手を振るかは考えていませんから。

 

 

ステージの怖さを教える

 

 1 ドキドキ

 

 発表会が近づくと、生徒達は皆声をそろえたように、「緊張してきた」と言います。私は「私も緊張してきた」と答えます。生徒達はなかなか信じてくれないのですが、これは本当です。私も演奏前はとても緊張します。

 

 さらに、生徒達に対して決して「大丈夫だよ。」とは言いません。むしろ「ステージの上で大丈夫な人なんていない。」と言います。ステージの上は大丈夫な所ではないからです。平常心でステージに上がれる人はそんなにいないのではないでしょうか。

 

 ですから生徒達に私は、「皆ドキドキしながらステージに上がるんだよ。」と言います。ステージの上は、ドキドキの状態でどれだけ自分の力を試すことができるかという試練の場でもあると私は考えています。

 

 2 「悪」と戦え

 

 演奏には、非常に強い精神力が必要だと思います。邪魔なものを取り払うためのパワーが必要なのです。

 

 演奏中に気になる事といえば、音を間違えた、音を忘れた、鍵盤が重い、鍵盤がきたない、鍵盤が滑る、お客がうるさい、椅子の高さが変だ、椅子がギシギシ言う、ピアノの中に異物が見えた、照明が暗い、スポットライトが熱い、ネクタイが苦しい、カメラマンが目障りだ、眼鏡が下がった、足が震える、手が震える、頭が痒い、ペダルが重い、ソステヌートが壊れてる、とか、一つ一つ挙げればきりがありません。いかがでしょうか。生徒達はステージの上でこのような「悪」と戦っています。

 

 私自身演奏中に集中力が薄れた時、よく頭の中で汚い言葉を吐き、喝を入れます。あまりのプレッシャーのため、家庭で練習しているときとまるで違う曲を弾いているのではないかという錯覚したことさえあります。

 

 3 練習は「悪」をやっつける

 

 しかしながらこれらは、ある程度の経験と練習量でカバーできます。たくさん練習すれば「悪」に打ち勝つことができるのです。生徒になるべく失敗させないためにもステージの怖さを正直に教え、「一に練習、二に練習」と常に言い続けなければなりません。

 

 

リハーサル

 

 発表会の約一ヶ月前から、リハーサルと称して本番のつもりで生徒に弾いて貰います。これはまさに本番を意識したものですから、歩き方から始まり、椅子の調節、お辞儀その他を全部やって貰います。

 

 生徒が一通りの動きを終えるまで、教師は一切何も言いません。演奏がもし止まってしまっても、知らん顔をします。変なお辞儀をしても、その時は黙っています。

 

 そしてそれが終わったら反省会をやります。ここはどうするべきだったか、いやこうだ、ああだ、という具合に生徒とディスカッションをします。

 

 発表会へ向けてのこのようなイメージトレーニングを通して、全体の動作を生徒達に考えてもらい、次のリハーサルではもっと上手になるように練習させます。

 

 リハーサルでも本番でも、「何が何でも途中で演奏を止めてはいけない。」と教えています。ですから生徒達はその演奏が止まりそうになったら苦しそうな顔をしてがんばります。

 

 リハーサルの時によく聞く言葉が「今朝は弾けたんだけど・・・。」「楽譜を見せて。」など。私は楽譜を見せません。その代わりに「曲を忘れたら、どうするんだったかな?」と言ってリカバーを促します。 

 

 

勇気づける

 

 アメリカは、ピアノに限らず、失敗に対しては非常に寛容な所です。それに便乗して私も、「生徒が失敗して当たり前」という位の心づもりでやってきました。決して解釈を誤るつもりはありませんが。

 

 とはいっても生徒としては失敗はしたくありません。そこで生徒を勇気づける良い例を紹介しましょう。

 

 ある小学校のベテラン教師が言いました。「自分が生徒を勇気づけるときはベーブ・ルースの例を挙げる。かの天才打者ベーブ・ルースの残した三振の数は彼が打ったホームランの数より遙かに多い。」と。

 

 発表会で演奏することは生徒にとっては大きなチャレンジです。ピアノに限らずどんなチャレンジにも勇気が必要だと思います。

 

 私は生徒には決して「普段通りやれば大丈夫」とは言いません。ステージの上では普段通りに行かないからです。

 

 そのかわりに私は「君なら出来ると思う」、「君ならその勇気があると思う」、「失敗してもいいじゃないか」、「やってみようよ」、「先生も協力する」というように、生徒も納得してくれそうな、しかもあまり無責任にならないような言葉をさがします。 

 

 

生徒を励ます便利な文句

 

 1. お客の顔はジャガイモだと思え。

 2. 失敗しても、大抵のお客はわからない。

 3. 失敗は恥ずかしいことではない。

 4. 失敗しても、誰にも迷惑をかけない。

 5. 失敗しても、怒られない。

 6. 失敗しても、撃たれない。(これはちょっとアメリカ的ですが。)

 7. 失敗は成功のもと。 

 

 

本番前に録音して生徒自身に聴かせる

 

 1 録音 

 

 発表会の前に必ず行っていたことの一つに、生徒の演奏を録音し生徒自身に聴かせるということがあります。生徒達は目の前にマイクロフォンを置いているというだけで緊張してしまいます。

 

 教師である私自身も演奏前には必ず録音します。自分でうまく弾けた思ってもいざ録音を聴いてみると「あれ?こんなつもりではなかったんだけど・・・」と自分で気が付かなかった事柄がたくさん出てくるものです。 

 

 ここでお勧めしたいのは、録音したものを聴きながら、自分が先生になったつもりで鉛筆を持ち、楽譜を見ながら細かい点をチェックする、ということです。私自身もこれも実行しています。

 

 2 録音を残す

 

 アメリカでは自宅の一部をスタジオにしていました。そこでマイクロフォン、プリアンプ(ミキサーを代用)、サウンドカード、そしてコンピューターをつないでいました。そして発表会の前に生徒の演奏をコンピューターで録音し、それをブランクのCDにコピーしました。生徒にはそれを家に持ち帰らせ、自分の演奏を自分で聴いてみるというのが宿題でした。

 

 このやり方は結構経済的で便利な方法でしたし、それ以上に生徒達は「自分のCDが出来た。」といって、喜んでいました。

 

   「2023年追記: 21世紀の今は、mp3等アップロードやダウンロードが手軽なファイルを使い、クラウド等に保存し​た上で生徒が手軽にダウンロードできる環境を提供するのが現実的かと思われます。」 

 

 

忘れたら

 

 どんなにたくさん練習してもそこは人間、ステージの上で「あれっ」と思うことは多くあります。普段と違うことをやってしまったり、普段と違う音が出てしまうときは「あれっ」と思います。

 

 このようなとき、特に音を忘れてしまったときなど、どう対処したらいいかを生徒達にも教えなければなりません。そのポイントを次に挙げてみます。

 

 1. パニックを起こさない。

 2. 顔の表情を変えない。

 3. 何もなかったようなふりをする。

 4. なんとか演奏を続けようと努力する。

 5. 待たない。

 6. 2〜3小節飛んでもいい。

 7. 1ページ飛んでもいい。

 8. それでも次の音が出てこなかったら、即、曲の最初に戻って弾き直す。

 9. 2回目の演奏もだめだったら、あきらめて最後の和音だけ弾いて演奏を終える。

10. どんなにひどい失敗したときでも、演奏の後は堂々とお辞儀をする。

 

 

珍プレー

 

 曲の弾き初めの手の位置をしっかり覚えるよう、生徒には強く言っているのですが、そこはドキドキのステージの上、珍プレーが結構出ます。次にその例を挙げます。 

 

 1 小学4年、男子: 自分の前にペダルがあることを確認するのを忘れ、曲の全部を1オクターブ上で弾き通してしまいました。止まらないで弾けたので褒めてあげましたが・・・。後でその生徒曰く「先生、あのピアノ、変な音がした。」 

 

 2 小学1年、女子: 手の置く位置が一つずれ、ハ長調の曲を弾くところをニ短調で一曲弾き切ってしまいました。楽しいはずの曲が悲しく聞こえたものですからその母親はキョトンとしていました。やはり止まらないで弾けたので褒めてあげました。お客は誰も気が付いていない様子でした。ドの代わりにド♯を弾いていれば完璧なニ短調だ           ったのですが・・・。

 

 3 小学5年、男子: 私の言いつけをきちんと守って、弾き始める前に真ん中の「ド」(中央ハ)を確認しました。そこまでは良いのですが、彼は発表会の度、必ずその音を右手の人差し指で一回ポンと弾きました。私は「真ん中のドは演奏前に弾くものじゃない。」と何度も言ったのですが彼は発表会の度「ポン」と弾くのです。これは3年くらい続きましたが年齢が上がるにつれて自然にやらなくなりました。 

 

 

発表会の後は、めちゃくちゃ褒める

 

 私は発表会の反省会を行いません。発表会の後は生徒を褒めるだけだからです。

 

 発表会では上手な演奏、上手でない演奏、変わった演奏などいろいろあります。しかし、生徒がどんな演奏をしたとしても発表会の後はめちゃくちゃ褒めることにしています。良いところばかり探してそれを言葉にするのです。

 

 発表会の前に散々厳しいトレーニングをされたわけですから直すべき点は言わなくとも生徒自身が一番わかっています。

 

 発表会の後、私が良いことばかり言うものですから逆に生徒の方から「ああすれば良かった。」、「こうすれば良かった。」と言ってきます。それに対して私は、「大した問題じゃない。」で片づけます。

 

 大舞台をたった一人で勤めたのですからその演奏がどうであれ、その努力と根性と勇気をたたえ、褒めたいものです。生徒が自分の力で得た達成感や満足感や自信をバネに次のステップに進むことが出来れば、それだけでも発表会の意味があったというものです。

 

 

ビデオ撮影の勧め

 

 発表会で意外と人気だったのがDVDの制作です。プロの業者さんに頼んで発表会のビデオを撮って、編集して貰い、それをDVDまたはVHSにしてもらうというものです。

 

 希望者だけに買って貰いましたが、これは結構興味深いものでした。チャンスがあればお勧めです。DVDの中に自分がいると思うと、生徒達もうれしいようです。

 

 また、二度と訪れない一瞬をDVDの映像に残し、更に自分自身を第三者の目で見られることで、生徒の成長の一助ともなるでしょう。

​   2023年追記: 現代はスマホの録画機能が優れていますので、それぞれのご家庭やご友人に撮影をお願いしてみてはいかがでしょうか。」

 

©2005新谷有功

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